From Japan

「空気を読むクルマ」が実現する日

家族旅行は楽しい。しかし、計画段階で家族の意見がなかなか合わないのはよくあることだ。お父さんはスキーがしたいし、お母さんは温泉でのんびりと過ごしたい。子供達は長い渋滞を車の中で過ごすのが退屈なので、近場の旅行先を希望。家族で喧々諤々と議論をしていると、合成音声が「軽井沢はいかがでしょうか?集中工事が終了し、練馬から2時間ほどで行けます。〇〇ホテルには深夜まで入浴可能な源泉かけ流しの温泉があり、スキーのリフト券付き割安プランがあります。よろしければ部屋の予約をおとります。」とアドバイスしてきた。スマートスピーカーが家族の会話をきいており、家族の過去の行動も踏まえて最適なプランを提案してきたのだ。家族全員が賛成するとスマートスピーカーはホテルを予約し、最適なルートをクルマに自動で送信する。そのルートにも家族の過去のデータを参考にしたうえで最適な休憩スポットがインプット済み。翌日、出発をすると景色や移動中の家族の会話、気分にあった音楽が自動的に選択され、飽きることなく目的地に向かう。

スマートスピーカーのさらなる進化やコネクテッド・カー(つながるクルマ)により、このような状況は近い将来現実のものとなるはずである。「つながるクルマ」といえば日本ではFM多重放送や電波ビーコン、光ビーコンを通して得られる交通情報や渋滞情報などの情報サービス(VICS)が実用化されているが、クルマがインターネットに常時接続されることにより、更に高度で幅広いサービスが可能になる。例えば、万が一の事故発生時には救急車を自動手配する、危険な場所を事前に運転手に知らせる、更には故障の予知や安全運転ドライバーへの保険割引などが実現し始めている。次世代携帯技術である5Gの実用化に伴い、大量の情報が高速でやりとりされる環境は整いつつある。「コネクテッド」は次世代クルマ技術CASE(コネクテッド:Connected、自動運転:Autonomous、シェアリング:Sharing、および電動化:Electric)の一つの柱をなし、さらにモビリティの新しい価値創造(MaaS:Mobility as a Service)に繋がるものと期待されている。

自動車業界では注目度、期待度ともに非常に高いコネクテッドではあるが、日本の一般の消費者の理解度が極めて低いことが最近のJ.D.Powerの独自調査により明らかになった。「コネクテッド・カーという言葉をきいて、どのようなことを想像しますか」という問いに対して、「想像がつかない、わからない」と回答した顧客は全体の64%にも達する。また「難しそう、面倒そう」との回答も11%存在する。コネクテッドという言葉自体の意味がわかりにくいという問題もあるが、その技術がもたらす価値や顧客にとっての明確でわかりやすい魅力をしっかりと浸透させていくことが自動車業界の課題と言えそうである。

同調査では、海外では普及が拡大しているスマートスピーカーの日本の家庭での利用状況についても質問している。驚くことに日本では9割が「持っていない」と回答している。日本で最近耳にする「デジタル化の遅れ」や「ガラパゴス化」という言葉が頭をよぎる結果とも言える。かつてはコンパクト化や斬新なアイディアで世界を席巻した日本の家電メーカーの存在感低下ともリンクするという声も聞こえてきそうである。筆者は、常に周りの人や社会との協調性が求められプライバシーの確保が難しい日本において、音声コマンドが受容されにくいという背景があるのではないかと考えている。更に、抵抗感なく使いたいと思わせる利用場面や魅力的なサービスがまだ不足していることも原因で、日本人の生活スタイルや家庭環境にあった利用方法や新しいサービスの開発が進めば、おのずとAIアシストの家庭での利用は進むはずであると考えている。

更にクルマの中でのAIアシストの利用についても、興味深い結果が得られている。「運転に関わる情報の提供がある」が半数以上の人に魅力的なサービスとして選ばれている。スマートフォンやスマートスピーカーにより既に実現されている使い方やサービスだけではまなく、クルマの中、運転中、移動中、移動先といったクルマならではのシーンに結び付いた便利さ、楽しさ、快適さを提供できるかが普及のカギと言える。

自動車メーカー各社はCASEの技術開発にこれまでにない規模の資金や人材を集中的に投入して競争優位性を確立しようと必死である。信頼性の高い技術そのものの早期開発はもちろん重要だが、そのうえで改めて顧客の立場に立って、クルマでの移動というシーンでどんな気分や感覚、体験を提供するのか、コネクテッドによる新しいユーザーエクスペリエンス(UX)をどうデザインしていくかも重要な課題となる。

全く新しい感覚の体験と言えば、約40年前にウォークマンを初めてつけて電車に乗った時の感覚がよみがえる。また10年ほど前、家族旅行で訪れたハワイの超大型ショッピングモールの店頭で、日本ではまだ発売されていないiPhoneの画面に初めて触れたときの驚きを思い出す。高度なAIがクルマに搭載される時代になっても、クルマに乗っている人たちの行動や意識、関係性に注目することからこれまで実現できなかった便利さや快適さ、楽しさが生まれてくるはずである。周りの人との協調性をないがしろにできない日本ならではの「空気を読む」クルマAIアシストの誕生を夢見ながら、もうしばらくは家族に気を使いながら次の年末年始のドライブ旅行計画をたてようと考えている。

筆者紹介
木本卓(Taku Kimoto)
ジャパン・オートモーティブ部門 執行役員
1995年J.D. パワー入社。日本のオートモーティブ部門の責任者として、自動車業界に対するリサーチとコンサルティング事業を統括。約5年間シンガポール事務所に駐在した経験があり、アジア通でもある。ラグビー観戦を趣味とし、ウィスキーのスキットルを懐に忍ばせ、スタジアムに通う。
愛犬の愚直さとスマートスピーカーの狡猾さを天秤にかけながら、犬の言葉が分かるAI機能付き自動車でのドライブを夢見ている。

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